小さな国ネパールが最大のチャンスをくれた 〜関 愛生〜

2017年02月19日

AO入試

ジュクチョーのオーバです。今回は公募推薦入試で上智大学総合グローバル学部に合格した関愛生さんにお話を伺ってきました。

関 愛生(せき よしき)

1996年生まれ。上智大学総合グローバル学部在学中。日本人の父とドイツ人の母の間に新潟県で生まれる。中学校三年生の時に父の仕事の都合でタイに家族で移住し、現地の日本人学校に編入。タイに滞在中、中三の夏休みに父に根性を叩き直す為にネパールに単身送り込まれる。その際にネパールへの移住を決意し、高校1年生の一年間を単身ネパールで過ごす。現地の高校に通う傍、田舎町でのホームステイなども経験。日本に帰国後、啓明学園高等学校に編入し上智大学総合グローバル学部に公募推薦入試で合格。大学入学後も、ネパール関係のプロジェクトにとらわれず様々なアクションを起こしている。

 

ネパールに留学するまでの経緯

年に一回は家族で海外旅行をするなど、幼少期から海外は身近な存在でした。そして、中学3年時に父の仕事の都合で、タイに家族で移住しました。その当時の私は勉強が苦手で、父に根性を叩き直す為に夏休みを利用してネパールに送り込まれました。以前に家族旅行でネパールには行ったことがありましたが、一人での旅ということもありウキウキでした。もちろん、カルチャーショックもありましたが、初めて親元を離れ自由奔放に一ヶ月を楽しみました。その時に本当にネパールが大好きになり、ネパールに住みたいなという気持ちが芽生え始めました。それが初めて自分の将来について真剣に考えた時でした。タイに帰国後、父にネパールの高校に1年間行きたいという思いを伝えたところ、父は気持ち良く送ってくれました。

 

ネパールでの留学生活

ネパールでは現地の学校に通いました。しかし、その学校はネパール人以外の生徒を受け入れた実績は全くありませんでした。最初は本当に学校側も興味本位で受け入れてくれた感じでした。滞在は現地の家庭でホームステイをしてました。両親と女の子2人の家庭だったんですけど、お母さんが全く英語喋れなかったんですよ。今振り返ってみると、これがネパール語を喋れるようになった理由だと思うんです。日中、家にいるのはお母さんだけでネパール語を喋らなくてはならない環境があったんです。

 

ネパールの学校

そもそも、私はネパール語を勉強したことがないんです。だから、読み書きは全くできません。ひたすら喋って現地の人とコミニケーションをたくさんとって、会話は問題なくできるようになりました。もちろん学校では机につくだけでした。そこで、せっかくネパールにきたのだからたくさんの人と話したり、たくさんの場所に行きたいと思いました。そして、マイダ村という田舎村に遊びに行くようになりました。

 

マイダ村とは

まず、私が滞在していたポカラという町からマイダ村までは、車で8時間、ジープで3時間、徒歩で2時間の合計13時間かかります。本当に田舎で、最初の数日間は何をやっていいのかもわからずに辛かったです。今振り返ればとても良い経験ですが、この時が一番辛かったです。そんな私の心境はよそに、村の人は自分に興味を示してくれて本当に気持ちのいいくらいに歓迎してくれました。そんな中、村の人たちはシンプルな生活の中で友達や家族と会話を楽しんだりして、幸せの形を考えさせられました。日本ではスマートフォンも、インターネットも、電車もあり、やりたいことはなんでも出来ましたから、本当に衝撃的でした。

 

ネパールで始めたこと

マイダ村やポカラでたくさんの経験をする中で、自分の経験や体験を発信することが責任だと15歳ながらに思ったんです。そして、その当時はまだSNSもそこまで発展してなかったので、ブログを開設しました。最初は30人とかしか見てくれなかったですけど、徐々に1500人規模に読者が増えて全国高校生ブログランキング2位になりました。これがきっかけで自分のやっていることを他の人に伝えなければ何も意味がないと気付きました。

 

大学受験

ネパールにいた時も、日本に帰国後しばらくしても大学についてなんて一度も考えていませんでした。高校二年生で日本に帰国してからは、「世界へ飛び出せ高校生!」という団体を立ち上げました。最初の活動は自分で近所の市民会館を借りて講演会を開きました。しかし、全く広報活動なんて頭になくて、家族や近所の人達に来てもらいなんとか集めた人数は15人でした。次の講演なんて、3人でした…

 

上智大学総合グローバル学部との出会い

正直に言うと、上智大学なんて眼中にありませんでした。しかし、たまたま高校三年生の時に学校で上智大学を訪問するイベントがあって、それに参加した時に総合グローバル学部の存在をしって惚れちゃったんです。

 

公募推薦入試での受験

受験自体を決めたのは出願の2ヶ月前だったんです。受験について考え始めた時に一番最初に思ったのは、自分の学力だけではなくて今までの経験やパッションをしっかりと見てもらいたいなということでした。その際に始めて公募推薦入試の存在を知りました。

 

受験対策

受験二ヶ月前ということもあり、大手予備校に通うことはありませんでした。唯一やったことが、当時教育に関心があったので、個人塾に行って教育に強い講師を紹介してもらい、その方と毎回90分間語り合いました。後は、自習で小論文や志望理由書対策を行いました。今となると、個人塾でやってたことが自分の考えが整理されて小論文や面接の糧となったんだと思います。

 

公募推薦入試を志す高校生へ

公募推薦ではみなさんの思いや経験をしっかりと見てくれます。私も見てもらえるか分かりませんでしたが、自作の活動報告書を出願書類と一緒に提出しました。面接の際に教授は自分のことを全て知ってくれていて、これで落ちても後悔はないと思えました。私と同じことをやるかやらないかは皆さん次第ですが、自分のことをどうやって大学に知ってもらえるかを突き詰めることをお勧めします。その上で鍵となるのは「情報発信」です。高校時代に感じたこと経験したことは発信し続けなければ埋もれてしまいます。

 

留学を考えている中高生へ

もちろん、家庭の都合や進路の都合で留学が厳しいこともあるでしょう。しかし、留学も他のことも今自分がやりたいという思いを大切にしてください。それらを実現するためには何万通りの方法があります。留学というターゲットに対しても、いくつもの方法や行き先もあれば期間もあります。簡単に諦めないで模索し続けてください。どんな形であれ絶対に実現できると思います。


聞き手から見る関愛生さん

お話をきいて、ゼロを全力で楽しめる方だなと一番最初に感じました。それはネパールの村での経験が大きいのだと感じました。ネパールから帰国後も、このプロデュース力を活かして大学の合格を勝ち取り、大学入学後もたくさんの活動を継続している姿が本当に輝いていました。そして、ネパールやタイでの経験がきっかけで、日本人として世界に何ができるのかを考え始めた関さんは今政治家という道を志し、新たな一歩を踏み出しています。本当に関さんなら今の日本、いや世界を良い方向に導いてくれると確信をもてる取材でした。


MEMO
公募推薦入試ー上智大学が実施する推薦(AO)入試。一定の成績や語学力を収めると受験資格が与えられる。上智大学の公募推薦入試について問い合わせる。

参考URL
関愛生さんのブログ→http://yoshikinepal.blogspot.jp/2011/11/blog-post_2159.html

上智大学総合グローバル学部→http://www.sophia.ac.jp/jpn/program/UG/UG_GS/UG_GS_GS


ジュクチョー

ジュクチョー

大庭 啓太 / Keita Oba Change Maker, LLC 代表兼CEO/ 智自舎塾 塾長 1998年生まれ。東京都出身。青山学院大学在学中。中学3年生で単身カナダに渡航し現地の公立高校卒業。シリア難民の子供たちのサポートやアジア最貧国ネパールでの単身教育調査を高校在学中に経験。自分の興味や関心があることを追求することの大切さを受験を通して改めて体感し、高校3年生の時にカナダで智自舎塾を創設。その後、日本に拠点を移しChange Maker合同会社を起業、代表兼CEOに就任。毎日新聞や日本テレビ スッキリなどでも活動が取り上げられる。